49 翌朝薔薇は綺羅々のことが心配で、朝早くに目が覚めた。透明タッチパネルに新しいメッセージが入っていたので綺羅々からだと思い、凍死などというアクシデントは免れたのだと思い一安心しつつ、メッセージを開けた。それなのに透明タッチパネルをよく見てみると届いたメッセージは綺羅々からの返信ではなく、チームメイト《同僚》の奈羅からのものだった。それほど親しくもない相手からのメッセージに、首を傾げながら薔薇はメッセージを読んだ。『おはよう、薔薇。私たちの親密なPhotoを送るべきかどうか迷ったんだけど、昨夜あなたたち親し気だったから、あなたが自分の都合のいいように勘違いしたままだとピエロになっちゃうから、親切心から送ることにしたの。嫌がらせじゃないからそこは分かってね』薔薇はいちいち嫌な文言ばかりだなと思いつつ奈羅のメッセージを最後まで読み切った。ここまでで、薔薇はかなりムカついていたのだが……。さらにその下には奈羅とベッドで寄り添っている綺羅々の姿が現れ、そのツーショットの様子は酷く薔薇を悲しくさせた。 ◇ ◇ ◇ ◇前から綺羅々のことはいいなって思っていて、気になってた。でも、なかなか話せるチャンスがなくてじれったく思ってたんだけど、昨日やっと彼と仲良くなれるチャンスができてうれしかったのに……。もっともっと、彼のことを知れるんだと思っていたのに……。彼は私がライド《タクシー》を探しに行ってる隙に奈羅と一緒に帰っていたのだ。しかも、自分の家じゃなくてどこかの泊まれる、そう、恋人同士が密な時間を過ごせるようなアコモデーション《宿泊施設》に泊まっていたのだ。昨日楽し気に私と話をしていたのは一体なんだったのだろう。奈羅と親しくなりたかったのなら私になんて声をかけず、最初から彼女のところへ行けばよかったのだ。私は勘違いさせるような言動をした綺羅々のことを恨めしく思わずにはいられなかった。そして暗い気持ちに拍車をかけたのは、綺羅々に送った安否確認のメッセージに何の返信もなかったこと。奈羅とすっかり恋人気分になっていて、私になんて今更な返信なんてする必要ないってわけね。あーあ、結局私の片思いだったってことがはっきりと分かって良かったのよ、薔薇。悲しいけど『次行こー。次~』そう自分に言い聞かせ、私は自分を慰
50不覚にも薔薇と親しくなれたことで気が緩み、つい飲み過ぎて酩酊状態になってしまった綺羅々は、翌朝目覚めると見知らぬアコモデーション《宿泊施設》にいた。思わず『あちゃぁ~、やってしまったぁ~』とは思ったものの、気配のする方を見てみるとドレッサーの鏡に向かい髪を梳かしている女性の姿が目に入り、少し気まずいがずっと片想いをしていた薔薇のことを想うと、面はゆい気持ちになる。勿論あとでちゃんと交際を申し込むつもりではあるが、流れとしては言いやすくなったわけで、綺羅々は表情を緩めるのだった。『薔薇、昨夜は酔っぱらって迷惑をかけたね。ごめんよ』そんなふうに言おうと脳内で話し掛ける言葉を準備したのに、髪を梳かしていた手を止めて振り向いたのが奈羅と分かり、途端、綺羅々は飛び上がるほど驚いた。どうして……。自分は薔薇と一緒にいたはずで、どこでどうなれば一緒に泊まったのが奈羅になるのか。綺羅々は余りの出来事にパニックに陥った。「あっ、気が付いたのね、綺羅々」「どうしてこんな……」「そうよ、薔薇ったらずっとあなたとしゃべってたのに私がドームから出て来た時には、あなたをほっぽってさっさと自分だけ先に帰っちゃったみたいだから、私があなたを立たせてライドを拾ってここに連れて来たのよ。あのまま《放置》じゃあ、あなた凍え死んでたわ」――――― 薔薇を悪者に仕立て彼女のことを悪くペラペラと綺羅々に話すこの女は、綺羅々が目覚める前に、綺羅々に来ていた薔薇からの安否を気遣うメッセージを勝手にDeleteしてしまっていた。 ――――――目の前の奈羅の言葉の数々にただあっけにとられる綺羅々。狐につままれたような有り得ない話をされても、どうしても事情を呑み込めない綺羅々は途方に暮れるばかり。とにかく一緒にいたはずの薔薇とドームを一緒に出たのかどうか、どこで彼女と別れることになったのか。綺羅々は、薔薇に直接訊いてみたいと思った。
51余りの己の失態振りに頭を抱えんばかりにオロオロしたのだが、泥酔して いたことと……世話になっていて酷い言い草だとは思うが、以前より奈羅 から秋波を感じてはいたものの、自分が好意を受け取れるゾーンには少しも 受け入れることのできない相手であり、あとのことも考えて綺羅々は下手に 出るのは得策ではないと瞬時に判断した。 「そっか、ありがと。悪かったね、手間を取らせて。 今日はどうしても外せない用事があるのでこのまま失礼するよ」「えっ、朝ご飯だけでも一緒に食べようよ」「えーと、ごめんよ。ほんとにもう時間がなくて……」 そう言うや否や、綺羅々は大急ぎで部屋を出た。勿論ちゃんと会計窓口で支払いも済ませて。昨夜同じ部屋に泊まったふたりの間に性的な関わりなど当然なかったかの ような言動で最初から対応したのが功を奏したのか、奈羅が一言もその辺の ところを突いてこなかったので、綺羅々は胸を撫で下ろした。綺羅々が唯一気になったのは薔薇のことだった。薔薇とはずっと一緒だったはずなのに一体全体どーしてこうなった? 酔っ払いがうっとおしくなって、自分を置いて先に店を出て行ったのだろうか? 自宅に戻り落ち着いたら、薔薇に連絡してみよう、そんなことを考えながら、 急ぎ足で綺羅々は帰路についた。そして自宅に着くとすぐに薔薇にメッセージを入れた。『薔薇、昨日は君と話せて楽しかった。 明日もしもよければ、また会いたいんだけど、何か予定入ってる?』こんなふうに、昨日どの辺りから自分が薔薇と一緒ではなくなったのか、と いう本当に訊いてみたいことはオクビにも出さなかったのである。それにしても、うれしくて浮かれたからと言って泥酔してしまうとは…… 情けなさ過ぎてクッションに顔を埋めて悶絶する綺羅々だった。
52待ち続けていた綺羅々からのメッセージ。 私は飛びつくようにして読んだ。奈羅からの余計な連絡で落ち込みまくったあとでの綺羅々からのメッセージ。私が送ったメッセージに対する返事は何も書かれてなくてガッカリだ。奈羅とOne Night Loveしたから? 彼は奈羅と私に二股しているわけ? って違うか。 私とはまだ何も始まっていない。私からの昨夜無事に帰れたのかという問いかけにも反応しない綺羅々。奈羅の送ってきた映像で確定事項となっていて、昨夜彼は奈羅と一緒に いたはずなのに今日私に会うことに積極的で。これって、私の立ち位置なら誰もが綺羅々に対して『……ざけんなっ』って いう反応を返すような状況なのに会おうなんて言う。いくら考えても、何かがモヤモヤして胸に引っ掛かるのだ。彼の言う通り今日会えば自分の納得のいく何かを……とにかく今の状況より は1つでも多くの情報を知り得ることができるかもしれないと思い、私は彼 と会うことにした『Hi! 予定はないわ。どこに行けばいいかしら』 というメッセージを彼に返信した。翌日私は待ち合わせ場所へと向かった。約束の場所へ着くと私より先に来て待っていてくれた綺羅々がにこやかに 手を振り話し掛けてきた。「昨日はせっかく楽しく話してたのに途中で酔っ払っちゃってごめん。 俺何か君に迷惑をかけなかった? 恥かしながらドームを出た頃からの記憶が飛び飛びで……もし、迷惑かけて たら申し訳ないって、ずっとそればかり気になっちゃってて……」綺羅々の謝罪発言で、彼がすごく私のことを気にかけてくれてたんだと分か り、荒んでた私の気持ちが少しだけほぐれた。好かれていると勘違いさせるような気の使われ方をして……でもやはり、 奈羅と一夜を共にし、彼女と一緒にベッドに寄り添っていた彼の姿、それら の映像が、私の頭の中から消えてはくれず……それなのに目の前の爽やかな 彼の笑顔と やさし気な話し声に私の胸は苦しくなるばかりで痛かった。彼のイケボを聞いて益々彼のことを好きになってしまいそうで、それも 辛かった。
53綺羅々から、ずっと前から予約していた宇宙船に乗ろうと誘われて乗船した あとも、彼が奈羅との一夜をどんな風に消化しているのだろう、 どれくらい好きなのだろう、 彼女と仲良くしておいてどうして私をデートに誘うのだろうって……彼の 気持ちが知りたくてぐるぐる同じことを想い続けてしまう。そんな気持ちの不安定な私に綺羅々はずっと気遣ってくれて、 素敵な場所に 連れて行ってくれた。「楽しくて面白い場所があるから少し船を降りてみよう」彼からそう提案されて降り立ったのは、地球の雲の上だった。小さな天使たちの指導的立場の天使たちが見守る中、小さな天使たちは 思い思いに自分たちが選んだ滑り台から次々と滑っていく姿があった。 「あの下界へと続く滑り台を滑っていくとあの子たちはどうなるの?」「地球に住む女性のお腹に飛び込んで、その女性の子供として産まれ、 一生を過ごすんだ。皆、自分で選んだお母さんの子供になるんだ。でも大抵皆、そのことを忘れてしまうみたいだけどね。 面白いよね。 中には自分で親を選んでない子たちもいるらしいけど」『人間……』 大好きな綺羅々と会って話をするのも、イケボを聞くのも、彼の心情を慮る のもどんどん辛くなってきていた私は、事故を装い倒れ込む振りで、側に あった滑り台からスルスルっと下界に向けて滑り落ちていった。 『さよなら、綺羅々』「ワァー、アァー……薔薇~、薔薇~待って」悲壮な綺羅々の叫び声を背中で聞きながら、私は日本人のお母さんのお腹の 中に飛び込んだ。そして自ら望んだように、綺羅々との記憶を消してしまっ たのだ。
54 ― 長老に学びに行く ―余りのことに悲しみに暮れる綺羅々。アクシデントで人間界へ行ってしまった薔薇。失態を犯したにも関わらずデートに誘うと会ってくれた薔薇。デート中自分の話に耳を傾けてくれていたけどどことなく、哀し気だった薔薇。だからこの先も何度もデートに連れ出し、楽しい気持ちに、そして元気にしてあげたいと考えていたのに……それどころか彼女はバランスを崩して覗き込んでいた滑り台から滑り落ちていってしまった。そして彼女が消えてしまった場所には、バッグが残されているだけだった。一昨日の挽回をするため、薔薇が楽しめるようにとデートに、宇宙船に乗り込み地球上の天界の様子などを見学することに決めたのだが、大変なことになってしまい 意気消沈する綺羅々。その後、事故のあらましを薔薇の家族に連絡し、貴重品であるバッグを返しに行くことになる。薔薇の両親と姉たちは残念がりそれなりに胸を痛めている様子が見てとれたが、彼らは人間とは違いまた将来互いがどこかの時代どこかの場所で産まれ変わり再度出会うことを知っているので、深い絶望まではいかない。この時綺羅々は、薔薇の家族のためでもあるが自分のために、地球上に産まれ落ちた 薔薇の様子を定期的に見守り、金星よりずっと時間の流れの速い地球で薔薇が人間としての一生を終えた時、地球の地上から離れ天界迄の空間に彷徨っているところを見計らって迎えに行こうと決心した。ただ、それは100%上手くいくかどうか分からないことなので薔薇の家族には話さなかった。できれば連れ帰るのはここにいた時のままの薔薇で連れ帰りたい。そのため、この時の綺羅々は長老のところへ行き、薔薇が元いた場所に同じような年齢軸で連れ戻せる方法を学ぼうと決めていた。
55 ― 奈羅の企みを知った綺羅々 ―薔薇のいなくなった悲しみを彼女の家族と共有したあと、母親が薔薇の部屋に案内してくれた。そして『美味しいおやつと飲み物を持ってくるので少し待ってて。あなたも疲れでしょ、何か口に入れてゆっくりしていってね』……と言い置き、『あ』や『い』も言わさず彼女はさっさと部屋から出て行った。俺は側にある椅子に座って待つことにした。「はぁ~、参ったな」正直な気持ちが呟きとなって零れ落ちる。綺麗に整理整頓された薔薇の部屋。できるなら、彼女の恋人として訪れ、実のある会話で楽しい時間を過ごしたかったなと切実に思う。とそこに突然薔薇の元へ誰かからメッセージが届いたようで、透明のタッチパネルが部屋の中で立ち上がった。自分へのものではないから少し戸惑いがあったが、やっぱり湧き上がる興味には勝てず、パネルを引き寄せメッセージを読んでしまった。『Hi! あれから何のリアクションもないから念押ししておくわ。綺羅々のことはきっぱりと諦めること。彼が好きなのは私だからね。いい、分かった? 私たちは付き合ってるのよ、だからこの先綺羅々に近づかないこと、私たちの邪魔をしないこと――奈羅』あれから……ってことは、他にもメッセージが送られてきているってことだな。俺はパネルを操作し、このメッセージの前にも奈羅から送られてきていたメッセージを見つけた。そこには信じられない言葉の羅列と映像が添えられていて、俺は頭を掻きむしりたくなった。それでだったのだ。デートの最中も薔薇の瞳が悲しみの色で覆われていたのは…… 俺の思い違いなんかじゃなくて、こういうことだったのだ。俺はこの時ほど己の自己管理の甘さと脇の甘さを呪ったことはなかった。
56― 出会いと再会(美鈴《薔薇》)― 新天地での暮らしが漸《ようよ》う落ち着いてみれば、暦は落ち葉が舞い落ち何となくもの寂しさを感じるようになっていた。そんな暮らしの中、初めての町内会の回覧板が回ってきた。そこには掃除の件の他にバス旅行の案内が記されていて、費用について観光バス代・昼食代・有料道路代・入園代含む費用9100円と書かれてあった。町内は高齢者ばかりのようだから、どうしようかななんて考えたけど逆に同世代のいない気楽さがあるかもしれないし、顔見知りのいない今だからのお気楽さとも併せて行ってみようかという気持ちになった。締め切りギリで申し込んでから約1か月後に私は町内会のバス旅行に参加した。当日バスに乗り込むと、皆《みんな》親子連れ2人とか老夫婦で参加していて出発ギリギリまで1人で座っているのは自分だけ。ひゃあ~、気楽ではあるけど余りにも寂しいような……微妙な心持ちになった。出発直前にバスガイドさんからの点呼が始まり「え~と後は根本さんがまだいらしてないようですので皆様、今しばらくお待ちください」とアナウンスがあった。『私の隣になる人はどうもその根本という人みたいだ。爺様なのか婆様なのか、はたまたおじ様なのかおば様なのか。4択のどれなんだろう』そんなふうに想像していたら、イメージ外のイケボでものすごい顔立ちの整ったそこだけ眩いオーラで纏われたモデル級の男性が姿を現した。「いやぁ~、遅れてすみません。根本です」「おはようございます。根本さんのお席は野茂さんの隣になりますのであららへどうぞ」バスガイドはそう言うと直ぐに挨拶を始めた。
93 「振られたな……」奈羅のことが好きだったと告白したのに、そこは完全スルーされ稀良は 落ち込んだ。 しばらく気持ちを落ち着けるために部屋に留まったが、そのあと奈羅に 続いて稀良も部屋を後にした。 ◇ ◇ ◇ ◇稀良には翌日からまた、研究漬けの日々が待っていた。 一日を終え、働き疲れ軽い疲労を抱えた稀良が白衣を脱ぎ捨ててドームの 長い廊下を歩いていると、顔馴染の摩弥《♀》に声を掛けられた。「調子はどう? なんかオーラが暗いよね」「分かってるなら訊くな」「落ち込まない、落ち込まない。今度あたしがデートしたげるからさ」「あー、ありがとさん」 「何奢ってもらうか考えとく」「おう」 軽い遣り取りをしているうちに2人はドームの外に出ていた。前方には彼ら2人の位置から5・6m先に奈羅が立っていて、明らかに 稀良を待っていたふうで、稀良に視線を向けているのが見てとれた。 「あらあら、もしかしてあの人が落ち込んでる原因? じゃぁまっ、あたしはお邪魔虫にならないよう消えるわ。またねー」「あぁ、また」 稀良に手を振り離れて行く女と稀良を、奈羅は目をそらさずじっと 見つめていた。 そんな奈羅の元へ稀良が歩いて来て声を掛ける。 「俺のこと、待ってた?」「うん……」 「フ~ン。それじゃあさ、これからデートでもする?」「うん」らしくなく、乙女のように俯いて奈羅が答えた。ふたりは肩を並べ夕暮れの中、恋人たちや友達同士と、人々が賑わう街中へと 消えて行った。 ****綺羅々の懸念していたことは現実となり、奈羅に復讐するはずが何たること……。 綺羅々は稀良と奈羅の恋のキューピットになってしまったのだった。 ―――― お ―― し ―― ま ―― い ――――
92 「おねがい、ほしいの……」この短いダイアローグ《DIALOGUE》が二人の合意となった。たわわでまだ瑞々しい魅力的な乳房にはただの一度も触れないまま、尻フェチの稀良は奈羅と結合に至る。ここで稀良は綺羅々のまま退場するのがいいだろうと考え、しばらくの間、彼女との快感の余韻に浸り、そのあと身体から離れようとした。だが、奈羅の動きの方が早かった。くるりと身体をを反転させたかとおもうと稀良を下にして、彼にキスの雨を降らせ始めたのだった。その内、稀良の胸や腹にもやさしい愛撫をしかけてきた。それでまたまた稀良のモノに元気が漲り《戻り》、今度は正常位でもう一戦、彼らは本能のまま快楽の中へと身を投じていった。大好きで長い間片想いをしてきた綺羅々と二度も想いを交わすことができた奈羅は幸せだった。「綺羅々、ずっと好きだった。だから、今あなたと一緒にいるのがまだ夢みたいよ」奈羅は自分の告白に無言のままでいる隣に横たわる男に視線をやる。男はベッドの上、上半身を起こした。その髪型とシルエットから奈羅はその人物が綺羅々でないことを悟り、愕然とする。「残念だけど、俺は綺羅々じゃない」「どうして?」「言っとくけど君がしてほしいって、ほしがったんだからね。そこははっきりさせとく。俺は前から奈羅のことが好きだったからうれしかったよ。俺たち体の相性もいいみたいだし、付き合わない?」頭の中真っ白で混乱しかない奈羅は、素早く下着を付け服を着る。稀良も話しかけながら帰り支度をした。互いが衣類を身に着けたあとで、奈羅はもう一度稀良に詰問した。確かに自分は綺羅々と一緒にこの部屋へ入ったはずなのに。いくら問い詰めても綺羅々の方にどうしても帰らないといけない用事があったため、綺羅々が|自分《奈羅》のことを稀良に託して先に帰ったのだと言う。自分は酔っぱらってはいたけれど、しばらくシャワーに入るという話もしていて、絶対当初この部屋にいたのは綺羅々だったはず。だけど、酔っていただけに100%の自信が持てない自分がいた。よもや、自分がした同じような手口で復讐されるなどと思いつきもしなかった奈羅は、綺羅々を責めるという発想は出てこなかった。このまま稀良といても埒があかないと考えた奈羅は、部屋に稀良を残したまま部屋を後にした。
91 あまりの気持ち良さに奈羅は現世からどこか別の所へとしばらくの間、 意識を飛ばしてしまっていた。 意識が戻ったのは身体に別の快感を覚えたからだった。この時はまだうつ伏せ寝のままだったのだが、首筋から両肩、背中、腰と その辺りを行きつ戻りつ絶妙な力加減でマッサージを施していたはずの手の 動きに変化が あり、眠たくなるような心地良さから肉体的快感、性的感覚 を伴うものへと変わっていったのである。 奈羅は今の状況に歓喜した。ずっと綺羅々と性的関係になりステディな関係になりたいと思っていたからだ。 気付くと先程まで腰から下を纏っていたバスタオルが取り払われていた。綺羅々とバトンタッチした稀良が、しばらくの間は綺羅々と同じように マッサージしていたのだが、どうしてもバスタオルの下にある奈羅の下半身 を見てみたいという欲求に逆らえず、早々にバスタオルを取っ払って しまったのだ。 目の前に現れた形の良いぷるるんとした双丘に目を奪われ、 稀良は一瞬固まってしまった。 尻に釘付けになっている眼球に身体中の熱い血液が集中し 漲ってくるのが分かった。 もう今や、稀良の暴走しようとする勢いは理性では止められないほどに 高まっていて、手は豊満な美しい双丘を這っていた。 しばらく撫でまわしたあと、できるなら最初から触れてみたかった双丘の なだらかな斜面を下りきった所にある秘密の場所へと指を滑り込ませてい った。そして指の腹で秘所の周辺を撫で愛でていった。その時、奈羅の喘ぐような切ない吐息が漏れるのを稀良は 聞き逃さなかった。急いで稀良は身に纏っていた衣類を脱ぎ捨てマッパとなり、彼女の 上《背中》へと胸、腹とそれぞれをぴったりとくっつけた。そして首筋から肩、背中へと愛し気に愛撫を施していった。そして身体のあちこちに触れながら、一番施したかった場所へと口元を 近付けた。そこは双丘にある割れ目の根本であり、ぎゅっと両手で広げたかと思うと、 そこから舌先で秘所を弄んだ。すると、それに比例して奈羅の喘ぎ声が途切れることなく続いた。一応、稀良はジェントルマンなのでレイプ魔のようなことはしない。そんな稀良は奈羅の耳元で囁く。「していい?」すると奈羅が答えた。
90 (最終話-番外編へと続く)「シャワー終わったよ。どう、君もシャワー行けそう? それともこのまま朝までゆっくり寝とく?」 「私も行くわ。折角綺羅々との時間ができたんだもの。 朝までただ寝てるなんて有り得ない。待って、私もシャワー浴びてくる」 「急がなくていいよ。ゆっくりしておいで」 ◇ ◇ ◇ ◇「お待たせ……」「こっちに来て」俺はまだ足元のふらついている奈羅を抱き寄せる。 彼女の力が6割方抜けた感じだ。「まだ体がシャンとしてないだろ? うつ伏せにそのまま横になって。 マッサージして身体をほぐしてあげるから」「ありがと。綺羅々ってやさしいんだね」 自分がコナを掛けても冷たい反応しか返してこなかった綺羅々が部屋を とってくれて、その上抱かれる前にマッサージまでしてくれるだなんて 奈羅は幸せ過ぎて夢心地だった。 今夜のひと時が終わってもまだまだこの先も綺羅々との幸せな時間があり、 2人の未来があるのだ。 この時、奈羅は女の幸せを存分に味わっていた。 それを知ってか知らでか、綺羅々の手によって部屋の明かりが最小限に 落とされ、濃密な部屋の中、淫猥な空気が流れ始めるのだった。綺羅々は奈羅の巻かれただけのバスタオルを背中越しに腰の辺りまで ずり落とし、丁寧なマッサージを施し始めた。そして15分経った頃、後ろに控えていた稀良と絶妙なタイミングで 入れ替わった。相手は酔っている上にマッサージの施術で全く気付いていないようである。綺羅々は稀良に親指を立て、ゆっくりと静かにその場から立ち去った。 『くだらない方法だけど、仇はとったよ薔薇』 綺羅々は今いるラボ《研究所》は辞めて別の場所を探すつもりでいた。 心機一転、研究もプライベートも一から立て直そう。そう心に誓い、いろいろあったハプニングに別れを告げ、 夜明け前の人通りの少ない静謐な空気の中へと溶け込んでいった。
89 「わぁ~、あたし、どうしよう。酔っぱらってきちゃったー。 もう飲めないよ。私の代わりに綺羅々飲んで」 「はいはい、何言っちゃってるんだぁ~。天下の奈羅様が。 もっと飲めるだろ? はーい、どんどんいっちゃって」 「きついって」 そう言いながら俺がコップに酒を注ぐと奈羅は上目使いに俺のことを 見つめて、グイっと酒をあおった。 『いいぞー、その調子だ。ドンドンいけー。何も考えずガンガン飲めー』 見ていてもかなり酔っているのが分かる頃、俺は悲し気に言った。 「俺、薔薇のことが好きだったんだよね」「ん? 薔薇は……だけど薔薇はいなくなっちゃったんでしょ。 もう忘れなよ。あたしが慰めたげるからさ」 「そうだよね。ありがとーね、奈羅」「ふふん、どういたしまして」 『もうフラフラだな、コイツ』 「かなり酔ってるみたいだし、どこかで今夜は泊まって明日帰るとしますか」「はーい、さんせーい」 会計を済ませ予めとっておいたアンモデーション《宿泊施設》の 505号室に入室した。 入室すると同時に彼女はトイレに駆け込んだ。トイレの隣にある浴室を開けて確認すると稀良がちゃんと予定通り 待機していた。俺たちは改めてアイコンタクトを交わす。 「ごめんなさい、飲み過ぎたみたい。 でも、少しだけ横になったら大丈夫だと思うのよ」 「OK.じゃあその間、俺シャワーしとくよ。お先に」 俺は奈羅がベッドに横になるのを確認し、シャワールームに向かった。 実際にシャワーを浴びるのは稀良の方だ。 その間、俺はシャワールームの前で待つ。シャワーの音が止まるのを合図に上着をドア横のハンガーに掛け、 奈羅の横たわるベッドの側まで行く。
88 ―――――――― 攻略《罠》―――――――――俺はラボ内で奈羅を見つけ、飲みに行かないかと誘った。俺が真実を知っていて彼女を恨んでいるなんて知らない奈羅は、ノコノコとパブに1人でやって来た。「綺羅々が誘ってくれるなんて、あたしびっくりしちゃった。うれしー」「久しぶりだよね。あれから半年振りくらいかな。あんなことがあったのに俺、冷た過ぎたかも。何となく気になって連絡してみた。元気だった? もういいヤツ《彼》できた?」「う~ん、男友達は何人かできたけど、彼氏はまだかな」「じゃあ俺と酒飲んでも大丈夫かな」「勿論、誘ってくれてうれしかったわ」薔薇に酷い仕打ちをして悲しませた女が目の前にいる。俺は実りそうだった恋をこの女の罠でぶち壊された。今に見てろ! 俺の誘いをすっかり俺からの好意だと思い込んでいるこの勘違い女を驚かせてやろう。こんな女のこと……少しは驚くかもしれないが、さてどうだろうな。しばらくすれば落ち着きを取り戻し案外楽しむ感覚になるだけかもしれない。だが、俺に嵌められたかもしれないことはいつまでもこの女の心に残るだろ? それだけでもいいさ、何もしないよりは。つまらないことをしようとしている自覚は大いにある。俺は話題が途切れないようポツポツとだが奈羅に話し掛け、時間をかけた。何のって? 勿論、酒をどんどん勧めて酔い潰すためさ。
87その次にきた波が俺を襲う。 「稀良《ケラ》、俺は奈羅にお前を勧めて紹介できるほど親しくはない けど、お前の気持ちを成就させるための協力はできるかもしれない。 少々荒療治かもしれんが……」「どんな?」『――――――――――――――――――――』 あとは知らん、野となれ山となれ戦法だな。少々強硬手段だが上手くいくかも……もしくはいかないかも。 「いや、そんな強硬路線じゃなくてまずはデートに誘いたいっていうか、 交際の申し込みをだな……」 「俺だって親しくないんだから自分のことならいざ知らずお前の代弁とか 無理……」チャラ男のくせに目の前の男は度胸がなさそうだ。 「こうすればいいじゃないか。イタす前に了解取れば。 『いいのか?ってさ』 録音でもしとけば証拠になるだろ? それを聞けば彼女だってお前を責められないだろうし、ある意味合意 なんだからお前だって自責の念にかられることもないだろ? そのあとなら一度や二度断られてもアプローチしやすいだろ?」 「だけど一度パブで同席しただけの俺に一緒にその……部屋まで付いてきて くれるかな。自信ない」 「そこは大丈夫。部屋までは俺が連れてく。 そこのところで協力できるからこその俺の提案、この案はね」 「親しくないと言いながらそこは自信があるって……えっ? そういうこと?」 「はっ?」「彼女、お前とならアンモデーション《宿泊施設》に簡単に付いて来るって こと?」「う~ん、どうだろう簡単ではないかも。五分五分だな」 「ちょっ……ちょっと待ってくれ。 そういうことなら俺の出るまくねえじゃん」「いやいや、出てくれよ頼むよ、ぜひとも。俺、実は彼女から同じようなことされてさ、心臓止まりそうになったこと あるんだよ。だからお前の話聞いてリベンジしたくなったんだよなー。 俺もヤツ《奈羅》の心臓止めたいんだよっ。 そのせいで好きな彼女に失恋した」「恨んでるんだー」 「あーぁ、恨んでるね。 本当なら彼女Loveのお前じゃなくてどこぞの荒くれどもにその役を 任せたいくらい気分なんだよ」「あー、その役どうかどうか荒くれどもじゃなくて、俺に、この俺に してくだせー、綺羅々様」 今回のシナリオは前から考えていたわけじゃない。薔薇を失った絶望感が大き過ぎて、奈羅への復讐
86 あの日、どういうことで奈羅に付いて行ったのか? アンモデーション《宿泊施設》の同じ部屋で、まるで2人の間に何かあったかのような怪しい雰囲気の映像が無断で撮られ薔薇に送り付けられていたわけで、明らかに確信犯的犯行と思わざるを得ない。薔薇が地球上での生が終わるのを待ち、ようやく元の同じ場所同じ時間軸に連れ戻せると期待して次元と時空の狭間で待ち受け、そして望み通り薔薇を見つけることができたのに……行き違いがあったとはいえ金星でお互いが両片想いだったこともようやく確認し合えたというのに……なんと薔薇には自分との前世よりももっと遥か彼方より契りを交わしていた愛しき男がいたというではないか。探して追いかけて待って待ち続けた結果が、予想もしてなかった結果に綺羅々は男泣きをした。そして絶望に襲われた時、綺羅々の胸に憎悪とともに仄暗い感情が芽生えた。 ◇ ◇ ◇ ◇綺羅々は薔薇が金星からいなくなったしまった日から、地球上の時間軸で計るなら半年しか経っていないところへと戻った。バーの片隅で酒を飲んでいるところへ見知ったヤツ、稀良《ケラ》が隣に座った。久しぶりだな綺羅々。最近見かけなかったけど元気だった?……ってあんまり元気そうじゃないな。別の日にしたほうがいいかな。「いや、構わないさ。で、何?」「奈羅と少しくらい交流あったりする?」「あったらどうすんの?」「取り持ってもらえないかと思ってさ」腸煮えくりかえるほどの名前を耳にし、思わず綺羅々は平常心を失くすところだった。「で、いつから? 彼女と同じラボ《研究室》になって1年弱だろ」「いやさぁ、それがつい最近深夜に連れとパブに繰り出したらちょうど奈羅も友達と来ていて明け方まで相席して盛り上がったっていうか」「ふーん、それで?」「なんか、いいなぁ~って思ってさ。ただ何となく素面で誘うのって苦手なんだよな」「話が見えない……。俺に相談? 何の?」『交流あったりする?』の質問にあるともないとも答えられるはずもない綺羅々は、相手の意図するところを探ってみる。「あれから気になって、奈羅のこと」目の前のチャラ男はらしくない発言をする。目の下と首筋がほんのりと赤いじゃないか。本気なのか? それにしても奈羅の二文字を聞かされた俺はというと、吐き気がし
85「だけど、一緒には行けない。私ね、地球に産まれて永遠のパートナーがいることを知ったの。その人《夫》と長い長い気の遠くなるくらい長い時を経てまた巡り逢えて、その夫だった圭司さんが迎えに来ることになってるの。彼がね、今際の際『この世とあの世の狭間に行くことができたらそこで待っててほしい。必ず迎えに行くから』って言ったの。だから、私はここでずっと彼を待ってなきゃいけないの。綺羅々、私のことは忘れていい女性《ひと》見つけて」お互いの行き違いのあった気持ち、そして美鈴とは両片想いだったことの確認もできた。だけど、自分との出会いのあとで永遠のパートナーに出会ったという。このことが綺羅々にとっては、返す返すも悔しいことだった。綺羅々は思わず薔薇の腕を取り、再度自分の気持ちを伝えた。「僕との金星での一生を終えてからその人とまた再会すればいいんじゃない? その人はまた少しくらいなら待っててくれそうじゃない?」そう薔薇の気持ちに揺さぶりをかけてみるも彼女は首を縦に振らない。綺羅々が彼女のことを想い切れずに腕を放さないで佇んでいると……。1人の男《根本圭司》が薔薇の腕から綺羅々の手を振りほどくと「悪いね、彼女を俺に返して」と言い放ち、薔薇を抱きしめて言った。「待たせてごめん。心配したろ? 不安にさせてごめん」そうやって男は薔薇に謝りながら肩を抱き、綺羅々の前から立ち去った。自分だってどんなに薔薇を好きだっか。ずっと薔薇が人間としての一生を終えるのを待っていたのに。交際をして妻になってもらいたいと思っていたのに。こんな結末が待っていようとは……。思えば思うほどひたすらに奈羅のことが呪わしく、心の中で彼女への憎悪が膨らんでいくのを止められなかった。そして綺羅々は失意のうちに宇宙船に乗船し、金星へと戻って行くのだった。